相対評価が強い会社は、長くいるべき会社ではない
相対評価そのものが絶対悪だと言いたいわけではありません。
企業にとってはかなり合理的な仕組みです。
評価を分布させやすい。
昇給や賞与の原資をコントロールしやすい。
管理職にも無理やり差をつけさせやすい。
要するに、会社側から見ると相対評価は便利です。
ただ、従業員の立場から見ると話は別です。
相対評価が強い会社では、長くいるほど報われにくさが積み上がりやすいです。
なぜなら相対評価は、実力をきれいに測る制度というより、限られた報酬を配分するための序列づけになりやすいからです。
その結果、目立つ仕事が有利になり、地味だが必要な仕事が報われにくくなり、会社のフェーズや流行によって評価される人も変わります。
だから私は、相対評価が強い会社は長くいるべき会社ではないと思っています。
相対評価は、実力評価というより配分の仕組み
まず前提として、相対評価は「誰がどれだけ優秀かを正確に測る制度」ではありません。
もちろん建前上はそう見えるかもしれません。
しかし実際には、多くの会社で相対評価は
- 限られた昇給原資をどう配るか
- 賞与にどう差をつけるか
- 誰を上げて誰を据え置くか
- 管理職にどう序列をつけさせるか
のために使われています。
つまり本質は、評価というより配分です。
ここを勘違いすると苦しくなります。
従業員は「頑張れば正しく評価される」と思いがちですが、相対評価の制度では「頑張った人全員を上げる」ことはできません。
誰かを上げるには、誰かを相対的に下に置く必要があるからです。
この時点で、従業員側の納得感とはかなりズレています。
目立つ仕事が評価されやすく、目立たない仕事が埋もれやすい
相対評価がしんどい理由のひとつは、目立つ仕事が有利になりやすいことです。
現実の組織では、どうしても
- 大きな案件
- 売上に近い仕事
- 社内で話題になりやすい仕事
- 上司から見えやすい仕事
- 成果を数字で語りやすい仕事
が高く見えやすくなります。
一方で、実際に会社を支えているのは、目立たない仕事です。
- 障害を未然に防ぐ
- 保守を地道に回す
- 引き継ぎや調整をする
- ドキュメントを整える
- 手戻りを減らす
- 炎上を防ぐ
- 面倒な運用を引き受ける
こういう仕事がなければ、組織は普通に崩れます。
でも困るのは、こうした仕事の成果は「何も起きなかった」という形で現れやすいことです。
つまり、必要性は高いのに、評価しづらいのです。
結果として相対評価のもとでは、派手な成果を出した人が高く見えやすく、安定運用を支えた人は「やって当たり前」で流されやすいです。
これはかなり歪です。
会社に必要な仕事と、評価されやすい仕事がズレているからです。
会社を回す人ほど、割に合わなくなることがある
さらに嫌なのは、組織に本当に必要な人ほど、割に合わなくなることがある点です。
どの会社にも、誰かがやらないと困る仕事があります。
- 火消し
- 根回し
- 雑多な調整
- 古い仕組みの維持
- 誰もやりたがらない改善
- 地味だが事故を防ぐ業務
こういう仕事を引き受ける人がいるから会社は回ります。
しかし相対評価の世界では、そうした貢献が大きな加点になりにくいことがあります。
むしろ、面倒ごとを引き受けたせいで目立つ実績を作る時間が減り、評価上は損をすることすらあります。
すると人はどう動くか。
当然、面倒で地味な仕事を避け、評価されやすい仕事を取りにいくようになります。
制度が、組織に必要な行動ではなく、評価されやすい行動を増やしてしまうわけです。
これは組織としてもあまり健全ではありません。
高評価を取り続けるのが難しい
相対評価のもうひとつの問題は、高評価を取り続けるのが難しいことです。
絶対評価なら、一定の基準を満たし続ければ高評価を維持しやすいはずです。
しかし相対評価では、自分が良かったかどうかだけでは足りません。
周りより上であり続ける必要があります。
これはかなりしんどいです。
たとえば自分としては
- 前年より成長した
- 任された範囲をしっかりやった
- 周囲からも感謝されている
- 目標も達成した
としても、周囲により目立つ成果を出した人がいれば、相対的には埋もれます。
しかも会社によっては、前回高評価だった人に対して「今回は少し落ち着かせよう」といった調整まで入ります。
制度として明言されていなくても、運用上そうなりやすい会社は多いです。
つまり相対評価では、頑張り続けることと、評価され続けることが一致しません。
これは長くいるほど効いてきます。
会社のフェーズが変わると、評価される人も変わる
ここが長期滞在に向かない一番大きな理由かもしれません。
会社はいつも同じ状態ではありません。
- 立ち上げ期
- 成長期
- 安定期
- 再編期
- 縮小期
とフェーズが変わります。
すると、評価される人材像も変わります。
立ち上げ期なら、多少荒くても前に進める人が強いかもしれません。
成長期なら、拡張や仕組み化ができる人が強いかもしれません。
安定期なら、運用や統制に強い人が求められるかもしれません。
コスト圧が強い局面では、効率化や削減に強い人が持ち上がるかもしれません。
つまり、本人の能力が急に落ちたわけではなくても、会社が今ほしい人材像から外れた瞬間に不利になりやすいのです。
これはかなり重要です。
相対評価の会社では、評価とは実力の総合点というより、その時その会社に刺さるかどうかになりやすい。
だから長くいるほど、「自分が悪いわけではないのに評価されにくい時期」にぶつかる可能性が高まります。
トレンドに乗る人が有利で、そうでない人は不利になりやすい
会社には、その時々の流行があります。
- 新規事業が熱い
- AIが熱い
- グローバル案件が熱い
- 内製化が熱い
- コストカットが熱い
- ガバナンス強化が熱い
こういう「今の経営テーマ」に近い人は、どうしても評価されやすくなります。
逆に言えば、地道に価値を出していても、会社の関心の中心から外れている人は不利になりやすいです。
これは本人にとってかなりコントロールしづらい話です。
努力不足というより、風向きの問題だからです。
それでも相対評価のもとでは、そうした風向きの差が、個人の優秀さの差として処理されやすい。
だから納得感が低くなります。
長くいるほど、制度との相性に左右されやすくなる
ここまでの話をまとめると、相対評価が強い会社で長く働くことの問題は、単発の不満ではありません。
長くいるほど、
- 目立つ仕事を取れるか
- 上司に見えやすい位置にいるか
- 会社の今のテーマに乗れているか
- フェーズに合った強みを持っているか
- 比較対象に誰がいるか
といった、自分だけではコントロールしきれない要素の影響を受けやすくなります。
もちろん短期的にはうまくハマることもあります。
ただ、長期で見ると「ちゃんと働けばちゃんと積み上がる」というより、「制度との相性がよかった時だけ伸びやすい」になりやすいです。
それなら、長くいる前提の会社としてはかなり危ういです。
努力と報酬のつながりが弱いからです。
企業にとっては合理的。それでも従業員にとってはしんどい
ここで一応、公平のために企業側の事情も書いておきます。
相対評価が残るのは、会社が単純に意地悪だからではありません。
- 原資に限りがある
- 全員を高くつけると差がつかない
- 管理職に序列をつけさせたい
- 昇格候補を選抜したい
- 人件費をコントロールしたい
こうした事情を考えると、企業にとって相対評価は便利です。
ただ、それはあくまで企業運営上の合理性です。
従業員側の納得感や長期的な報われやすさとは別問題です。
企業にとって合理的であることと、従業員にとって良い制度であることは同じではありません。
むしろ相対評価は、そのズレが非常に大きい制度だと思います。
では、相対評価の会社はすべてダメなのか
そこまで単純ではありません。
若いうちに短期間で市場価値を上げる、目立つ仕事を取りにいく、評価競争に勝ちにいく。
そういう局面では相対評価の会社が合う人もいます。
実際、競争が好きな人や、上位に入り続ける自信がある人には相性が良いこともあります。
ただ、それでも長期滞在に向くかは別です。
なぜなら人はずっと同じ強みで勝ち続けられるとは限らないからです。
会社のフェーズも変わるし、上司も変わるし、比較対象も変わるし、求められる役割も変わります。
そのたびに評価軸が動く環境に長く身を置くのは、やはり消耗しやすいです。
結論。相対評価が強い会社は、長くいるべき会社ではない
相対評価が強い会社は、企業にとっては合理的です。
しかし、従業員にとっては長くいるほど不利が積み上がりやすい構造を持っています。
目立つ仕事が有利になりやすい。
地味だが必要な仕事は報われにくい。
高評価を取り続けるのは難しい。
会社のフェーズや流行が変わるたび、評価される人材像も変わる。
その結果、評価とは本人の価値そのものというより、その時その会社に都合が良いかどうかに寄っていきます。
だから相対評価が強い会社は、「ずっとここで積み上げれば報われる場所」としてはあまり信頼しない方がいいと思います。
短期で取りにいく場所としてはありです。
でも、長く身を預ける場所としては慎重に見た方がいい。
私はそう考えています。



